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前崎センセイと茶時を愉しむ ~4回目のテーマは“イノベーション”

5月にふさわしく鍾馗さんの軸が飾られた空間、工芸文化史が専門の前崎信也センセイ(京都女子大学准教授)と一茶庵・佃梓央さんとともに、和やかな雰囲気のなか茶時が始まりました。色んな分野で経験を積んでこられた方々を前に、前崎センセイ「今日のテーマは150年前に始まった明治という時代から現代のイノベーションを考えるということです」。


軸に描かれた鍾馗さんは、中国で鬼退治した伝説の英雄、日本でも邪気を祓うと信じられてきました。前崎センセイ「勢いとユーモアがあるいい絵ですよね!菊池素空(きくちそくう)という人が描きました。」素空は京都府画学校を卒業後、京都市立陶磁器試験場で京焼の陶工に絵を教えます。日本の芸術の過渡期に生きた人で、晩年はより西洋的な絵を描くようになる。京焼の見た目をモダンにした中心的人物のひとりです。実は、素空の父は十四代将軍徳川家茂の侍講。なんと江戸城で将軍に漢学を教えた菊池三渓という人です。日本を代表する漢学者の子が、政治の仕組みが変わり、画家となり、パリに留学し、京都のやきものの西洋化に貢献する。「それが明治という時代です」と、前崎センセイ。「素空=空を素とする」というカッコいい名前も有名な漢学者であった父から受けた教養の賜物でしょう。

同じ頃、煎茶も玉露の普及で今の淹れ方が定着して、京焼が各種茶道具を提案、広く市民に楽しまれるようになっていきます。まさにイノベーションの時代です。

 

 

次に壁に掛けられたのは、世界初の絵入新聞「THE ILLUSTRATED LONDON NEWS」の二つの記事です。ひとつめは明治5(1872)年に西本願寺、建仁寺、知恩院で開催された第1回京都博覧会の模様が紹介されています。描いたのは日本に滞在していたイギリス人画家、チャールズ・ワーグマン(1832-1891)。

前崎センセイが「お寺の建物の中でステッキをつき、土足で帽子をか

ぶっている人が描かれているでしょう」と話すと、

皆スケッチの前で150年前の風俗を凝視です。ワーグマンによると「2人の日本人がヨーロッパの服装をしていることは、ほんの数年前に着ていた鎧と対照的で奇妙」と記しながら「ひとりは流行のファッションにあってないが、もうひとりは趣味のよい服装をしている」と評しています。このような絵を通じて開国したばかりの日本が英国に紹介されたのです。

 

もう1枚は明治6(1873)年の「都おどり」を描いたスケッチです。「知恩院近く

の劇場のひとつでバレエを鑑賞した。無表情の顔は恐ろしいほど白く塗られており、衣装は素晴らしく、踊り子たちの動きはぴったり揃っていた」と書いています。
時代の変化に驚きながらも貪欲に受け入れてきた当時の人々を垣間見たようなスケッチ、イノベーション政策の研究がご専門の山口栄一京都大学教授は「文化を示すことで西洋の奴隷にはならない、という意思が伝わってきます」と話しながら、「明治時代、イノベーションは東大で起こったが、西田幾多郎の哲学にあこがれた湯川秀樹や朝永振一郎ら物理学者が京大に来て、哲学と融合することで京大からイノベーションが起こった」と、茶時のような“場”を通じた異分野間の交流の大切さを指摘されました。

今回の煎茶道具は「白と黒」だけで組まれたシンプルなもの。そこには、英字新聞の白黒のスケッチと一体になることで、「白黒世界を立体的に色彩豊かに想像する」という佃さんのコンセプトがこめられています。


140年以上前にイギリス人が描いた「京都」に吸い込まれるようにタイムスリップし、当時の人びとの賑わいに身をおき、切なくも楽しい時空間を旅した茶時。イノベーションは刺激的で楽しい冒険であり、決して忘れてはならない大切なものに再び出会いました。

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