若王子倶楽部 左右

Our Story

話題は尽きぬ~第3回前崎センセイと茶時を愉しむ

「煎茶の“美味しさ”は、作法にとらわれない、全く自由なこと。決まりがあるとすれば、隣の人とは違うことをしたり話したりすること」。そんな非日常の時間を過ごすために、第3回も10名余りが集まり、ひとつのテーブルを囲みました。若王子倶楽部左右は、文人田能村直入が晩年を過ごした寓居であり、夜咄を愉しむにはもってこいの空間です。いつものように、ナビゲーターは前﨑信也センセイ(京都女子大学准教授)、お茶の提供者は佃梓央(一茶庵)さんです。

 

まずは自己紹介もかねて、それぞれが「今、楽しいこと」を話そうということになりました。  「異業種の人と出会う機会があった。それがきっかけで、個人を超えた付き合いになり、今共同プロジェクトが進行中」「庭に芝を育てることに熱中している」「50歳を前にして思いがけず創作がおもしろくなってきた」「立呑み屋に行っていろいろなジャンルの人たちと話す小一時間」「学び直すために通い始めた英会話学校でコミュニケーションの輪が広がった」等々、はずんだ声で報告が続きました。
それぞれ内容は違っても、新鮮な経験やコミュニケーションの広がりが楽しいと感じているんだなぁと認識したところで、「今日の“新鮮な素材”は―」と前﨑センセイが持参した掛け軸に、一同目を移しました。

 

 

大きな鉢に、背の高い蓮の花と葉がすくっと立っている水墨画。明らかに誰かに大事に育てられている蓮の感があります。
この絵をより愉しむために、今回佃さんは特別の道具を用意してくださいました。それは涼炉を囲むようにして作られた木枠(=「棚」)で、一つの面に障子にあるような桟があり、この桟を通して向こうの壁にかかった掛け軸の絵を眺めようという遊び心です。あたかも、我が家の書斎で窓越しに蓮を見ながら茶をたしなんでいるという気持ちになる…なんと粋なしつらいでしょう。

ちなみに、この絵は室町時代から継がれている京都の陶家十六代雲林院寶山(1820-1889)の手によるもの。かつて陶工は修行の一環として画を学ぶ人が多く、こういった作品は珍しくないが、名家の当主らしく、「この蓮はとてもよく描けている」とのこと。

ここで、蓮の花にまつわる話を前﨑センセイと佃さんが披露してくださいました。
私たち日本人は「蓮の花」というと、仏教的な印象を持っています。「泥より出でて泥に染まらず」―― 清らかで極楽浄土に咲く花のイメージです。ところが、中国ではもとはというと「恋愛の花」なのだそうです。
 〔人間の身長くらい背の高い蓮が生い茂った池。その葉々の間を妙齢の女性たちを乗せた舟が見えつ隠れつ進んでいきます。女性たちは蓮の実を採るために池に出ているのです。その様子を対岸で馬に乗った男たちが眺めながら、好みの女性を目で追い楽しむ――〕
そのような風情を有するところから、蓮はプレゼントとして人に送られたり、絵や陶磁器に表されたりする花として好まれたとのこと。とすると、今日の囲いのしつらいは、ますます意味深いものだと一同感心することしきりでした。

 

さて茶時では、お茶自体が主人公ではないので、淹れ方も味も気にすることはないというのが基本ですが、「今日のお茶は何?」との参加者の質問があり、佃さんが茶葉の説明をします。今日のお茶は「雁が音」。雁が音は日にあたらないよう覆いをして育てられた茶葉で、その葉の先端のほうだけを摘み取ったものが玉露といわれ、下方部分と茎を扱ったものが雁が音とのことでした。
もうひとつ参加者から「煎茶はなぜこのような小さな杯で飲むのか」という質問が出ました。佃さん「飲みすぎると酔っぱらって、ひっくりかえるからです」と即答。なんと、緑茶は酒の延長線上にある嗜好品だといいます。ゆえに、「酒も緑茶も「杯」でたしなみながら、一人書を読んだり友と歓談したり…と。抹茶を飲む環境と全く異なる所以のひとつです。」 と、茶の杯はここまで。ころあいのよいところで、このあと、同じ杯に酒をついで、楽しみ時間第2幕が始まりました。

昭和の陶芸家、河合卯之助(1889-1969)による「鹿鳴」の掛け軸。今日のテーマは「煎茶道具をつくった陶芸家の絵」だと明かされます。『詩経』の鹿がようようと鳴き、草をはむ、餌のありかを仲間に知らせ、宴を愉しもう―と、その心は明治の鹿鳴館の命名にも繋がるとあって、話題はどこまでも広がりました。

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